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2021.05.05

絵本増刷活動報告

 《J2netジャパン 絵本増刷活動報告》

三井住友海上火災(株)浜松支店様から寄贈・発送いただいた翻訳絵本25冊が、現地読書活動NGO「1001buku」に届きました。
同NGOから全国の施設に配布され、各地の子どもたちに届けられます。
子どもたちに笑顔が広がりますように!

2021.04.09

2011年 東日本大震災 インドネシアからのエール

 <2011年 東日本大震災 インドネシアからのエール>

2011年3月11日
インドネシア・ジャカルタにいた私たちは我家でミーティングの最中だった。第一報はメンバーの携帯に日本からのもの。
日本で何かが起っている‼️
慌ててテレビを付けNHK(日本の番組はこれしか見られない。)を観る。
田んぼだと思われる場所を黒い水が物凄い勢いで走っている?!
アレは何?誰も理解できなかった。次々と地面が黒い水に飲み込まれて行く。その前の道に軽トラックが走っている?あの車はどうなるの?
アナウンスで東北で大地震が起こり、津波が押し寄せている事がわかった。“これ津波なの?!”
津波が田んぼを走っている!?すぐに2004年のインドネシアで起こったスマトラ沖大地震の光景とダブった。あの時もテレビの光景が信じられなかった。これは本当に今日本で起こっている事なの?
ミーティングどころではない、すぐにみんなが日本への安否確認をするが、電話がなかなか繋がらない。
それからしばらくの間、日本からの情報に釘付けだった。
私たちはインドネシアにいて、何が出来るのだろう?いつもインドネシアを見て支援の矛先を考えている。ここにいて、こんな大災害に何が出来る?この未曾有の災害を見て、ここで通常を過ごしている訳にはいかない。でも、どうやって?
出来る事は募金活動しかないのかもしれない、でもどの様に?なかなか心が決まらなかった。
震災から1週間後くらい、ある知り合いの方が訪ねて来た。日本のために何かをしたいが、支援活動の経験がなくJ2が何かを始めるなら参加したいとの事。
支援活動としてみんなが集まって話し合った事で、一気に動き始めた!
ミーティングを繰り返し、何が出来るか、どんな形なら有効に募金を集められるか?話し合った。
メンバーたちのアイデアやツテを辿って、最終的にショッピングモールでの募金活動をする事に決定された。J2外の有志も加わり、チームを組み”Hati ke Hati❣️”(心から心へ!)と名ずけ、募金活動がスタートした。Tシャツを作り販売もした。
インドネシアの方も募金活動に加わってくれた。
4月の第1週から土日と祭日を使って、スナヤンシティから始まりジャカルタの主要ショッピングモールに交渉し、毎回数名で渡り歩いた。シフトを組みTシャツを着て交代で募金箱を持ち、合計27回⁉️
初日、いつも客として歩いているモールで、「お願いしま〜す!」と声をあげるのは恥ずかしかった。でも、被災地で暮らしている方々のことを考えると、そんなのはすぐに吹っ飛んだ。
日本語・インドネシ語・英語。前を行く人々の顔を見て、言い換える。話しかけてくださる方々もたくさんいた。
インドネシアの方々は2004年のスマトラ沖大地震の時の日本からの応援を思い出し、日本に対するお返しの気持ちを募金箱に託してくれた。優しが心に沁みる時間だった。
ある方は一度募金をしてくださり、今はこれしかないと数時間後銀行からお金を引き出して再び来てくれた。
若い女の子が「明日もやっていますか?」と聞き、次の日またやって来て「嵐のファンクラブです!メンバーたちから寄付を集めて来ました!」と言って封筒を渡してくれた。
J2関連のヤヤサンからも寄付や励ましの寄せ書きなどをいただいた。(後に陸前高田で掲示)
人形劇の活動で幼稚園に訪問した時、募金を集めたと言って貯金箱(にわ鶏の形の瀬戸物)のまま渡されたこともあった。
テレビニュースを見たという人たちから、日本人の礼儀正しさや忍耐力を褒められた。インドネシアに住んでいて、よく「日本人は“discipline”だから見習いたい。」と言われていた。この時も何度もその言葉をかけられた。
その期間、何処へ行くにも折り紙を持ち歩き、暇があればランチのレストランでも車の中でも、家でも夜中まで鶴を折り続けた。そして寄付をいただいた方に折鶴をお礼に渡した。
またジャパンクラブの関係者で写真をしている方がいて、日本で撮った桜の写真を提供してくださった。
私たちはをれをポスターカードにして、折鶴と一緒に寄付のお礼として差し上げた。
メンバーの日本語学科の教え子に印刷会社の社長さんがいて、お願いしたらポストカードの印刷を無料でしてくださった。(それ以降もJ2の印刷物で大変お世話にもなりました。)
温かい言葉や気持ちそして募金に、何度も涙がこぼれ落ちた。
世界中が日本を応援していた。災害はあっては困るものだけれど、皆んなの応援は嬉しかった!これを絶対、日本へ届けなくちゃ!と感じた。
いただいた募金は施設への牛乳の寄付から始まり、福島での放射能線量計となり、障害者施設の車椅子用スロープ、陸前高田の施設のコミュニティ用プレハブにもなった。最終的に500万円近い募金が集まった。
7月、3ヶ月に渡る募金活動を終了し、最後に一番募金が多かったモールでお礼の七夕イベントを行った。
日本を象徴する文化の紹介、茶道・着物の着付け・書道・折り紙のパフォーマンスや体験。
インドネシアの方々は日本を好きな方がたくさんいて、本当に関心の高さを感じる。
丁度その頃、24時間テレビの取材陣が到着しイベントを見学に来てくれた。そしてイベントの直後撮影が行われ、その年の8月、24時間テレビでJ2netの活動が放映された。
2011年10月私たちは陸前高田を訪れた。被災地の様子は衝撃的だった。正直、恐ろしさを感じた。
関連の施設などを訪ね、出来上がったプレバプ小屋”和みホーム”も見学した。インドネシアでの27日間の成果だった。
最終日には同行した息子と一緒に瓦礫が残る民家の畑で瓦礫を集める作業に参加した。すでにだいぶ綺きれいに整地された様に見える土でも、掘るとガラスの破片やら細かい瓦礫が出て来る。1日作業してもバケツに数杯。気の遠くなる作業が続いていることを身に沁みて感じた。
当時、ジャカルタではビビット文庫という文庫を設置する活動も行っていた。設置場所への図書を寄付するため年に何度も本屋さんを訪れていた。その中で見つけた本で、“Kiamat sudah lewat!”と言う本を見つけ文庫に入れていた。その本を日本で活動するメンバーたちにも見せたところ、是非日本語に訳して紹介したい!と翻訳の希望があった。アメリカのNGOが出版したスマトラ島の北端、アチェで津波の被害にあった子どもたちの手記だった。インドネシアにあるNGOの支部に許可を申請し、日本語への翻訳を日本の翻訳グループが行い、印刷はジャカルタで行った。
邦題「奇跡は過ぎ去った」は日本とインドネシの関連団体などに配布し、またグローバルフェスタなど両国で販売も行った。
J2netはインドネシアに住む日本人から始まり、インドネシアと日本を繋ぐ小さいけれど架け橋のひとつとして活動して来ました。”Goton royon” 「助け合い」想い合う気持ちが、小さな橋を今も行き来しています。
2021年3月11日 10年目のこの日を静かに祈りの日としたいと思います。

2021.03.05

J2netが見てきたインドネシアの図書事情23年

 <J2netが見て来たインドネシア図書事情23年>

◆はじまり
1998年5月インドネシアではクーデターによる暴動が起きました。
それまでの政権はスハルト大統領によって治められ、独裁的な政治を30年余り続けてきました。自由な発言は規制され出版物も検閲を受け、政府に異議を申し立てる者は捕らえられました。ジャカルタで知り合ったストリートチルドレンを支援するヤヤサンスタッフの一人も捕まった事があると話してくれました。
私たちがジャカルタでJ2netを立ち上げた1999年頃は、まだその名残りもあり本屋さんに並ぶ本は限られたものでした。その状態を見て私たちも子どもたちに本を読んでもらいたいと、日本の古本を翻訳して寄付する活動を始めとし、様々な形で子どもたちへ本を届け始めました。
◆当時のインドネシアの状況
学校へ訪問した時は、必ず図書室を見せてもらいました。最初の頃はひどい状態でした。たいていの学校の図書室が埃だらけで、棚に置いてあるのは使い古した教科書やドリルの様なものばかり。教科書がひとり一冊とは限らなかったのです。どこを探しても図鑑や絵本・物語などの読み物は無く、学校の先生は図書室と呼びますが、本の倉庫のようでした。
本屋さんに児童書は少なく、あっても外国からの英語の本やインドネシア語訳文と並列の絵本。しかも高価です。公営の図書館もありましたが、日本に比べれば遥かに少なく誰もが利用できる訳ではありませんでした。政府は読書活動を推進する事は無く、国民も読書への意識が薄くなっていました。
そして大きな問題として、経済格差があります。多くの人たちが本の大事さを知る事も無く、またたとえ知っていて本屋さんに本が並んでいたとしても、買うのは難しい状況の家庭が多かったのです。
私はインドネシアの読書を推進する団体に加わり、おはなしや本の普及活動に参加しました。
そのグループでは、長期入院している貧しい家庭の子どもたちの病棟へ2週間に一度訪問し、お話や読み聞かせをしていました。
ある日、絵本の読み聞かせをした時、患者のお母さんから「その本はどこで売っているのですか?」と聞かれました。私はびっくりしました。現地で買った小さくて薄くて安い本だったのですが、ここにいるお母さんたちは本がどこで売っているのかも知らなかったのです。たとえ本屋を知っていたとしても、私たちにとっては安い本でも、このお母さんには買えなかったのかもしれません。
◆がんばる現地の人々
私が加わっていた団体の主宰者はインドネシアでも児童図書の第一任者と言われていた方で、選りすぐりのインドネシア民話本を何冊も製作しセットにして各地の学校へ寄付したり、バイク図書館の寄贈など図書推進の活動を行なっていました。その団体に関わる方で自宅の一部を図書室として開放している人がおり、訪問した際子どもたちがたくさん来て本を読んだり宿題をしたりしている姿は、素晴らしい光景でした。
また、インドネシア大学で教授をしていた方が引退され、お住いの地域の一軒家を借り図書館活動をしていました。J2もこちらの図書館とは様々な形で相互協力を行なっていました。
モスクを管理する方が、その横に小さな部屋を建て壁に本棚を作り、貸出までしていた民間の図書館もありました。
ユニークな移動図書館として、馬の世話をしている農村地区のスリルおじさんが、2015年頃から空いている時間を使って馬の背の両側に木箱を背負わせ、子どもたちの学校や村を廻る活動を始めました。その頃は、政府も図書推進に力を入れ始めており、寄付のために古本を送る際の送料を無料化したりしていました。おじさんの馬の移動図書館が有名になり、大統領にお呼ばれしたとのことです。NHKのドキュメント番組で放映されました。
これらの方達のように、ご自身が本の大切さを認識された知識人の方々、町の有識者などが独自で小さくても図書館を作り、地域の子どもたちや住民のために図書館を作り開放しています。
ある意味インドネシアでは政府より、「なんとかしなくちゃ!」と思ういろんな立場の人々が大小様々な図書館(taman baca)を作り上げて来たのかもしれません。
◆“ Taman Baca (読書の広場)”
街の小さな図書館の事です。
Taman は公園や広場、Baca は読む。
Taman Baca Anak 子ども(anak)を付けると子どもの図書館。
Taman Baca Masyarakat 市民 (Masyarakat)を付けると住民たちの図書館。
最近では、J2も関わっているスリブサトブク(1001buku)のようなボランテイアの図書支援団体も増えており、古本・寄付本を集めて各地の市民図書館へ送っている団体もあります。
現在ジャカルタでは翻訳活動はしていませんが、J2ネットジャパンでは翻訳絵本、さらに翻訳本増刷活動を続けており、日本からそのような団体を通して、Taman Baca Anakへ本を届け始めています。
J2netジャカルタでは、Bibit文庫という名でいくつかの学校や個人のお宅に文庫を設置しました。さらにバイク移動図書館を作り、プンチャックの農村地域に贈りました。J2netが開催したセミナーに図書関係者を招待したり、また外部セミナーに参加した際には、遠くカリマンタンの図書館運営者からも、本を届けて欲しいと依頼されました。
J2netが絵本のセミナーを開いた時、参加された出版社の方から意見を求められたこともありました。突撃訪問で、出版社に「こんな本を作り続けて欲しい!」と掛け合ったこともあります。
◆これからのインドネシア図書の未来は?
インドネシアも政府のトップが変わっていく事により、学校の図書室も少しずつではありますが変わってきました。最近では小学校にも司書が配置され、子どもたちへの読書推進に努めているようです。
政治や経済が安定してくると、本屋さんも良い本を出版してくれるようになったのですが、どんどん売れる本ばかりに偏る傾向があり、私たちが求める本が数ヶ月後にはもうブックフェアなどで安売りされているような状況もあります。
2017年国立図書館が移転し、新しく建てられたビルは地下3階、地上24階建ての世界一高い国立図書館となりました。ロビーホールは4階までの吹き抜け。4階まで続く高さの本棚は圧巻でした。
11月オープニングのこけら落としイベントがあり、J2net人形劇グループも呼ばれ参加したのですが、ロビーホールと児童図書室で人形劇を行い子どもたちや保護者、図書館員などからも喜ばれました。
J2netの活動と一緒にインドネシアの発展を見つめてきました。
でも、発展だけではなく発展できない部分、間違った発展も同時に見てきました。私たちの力では動かないものばかりですが、私たちでなければできないこともあるはずです。
これからも、インドネシアの子どもたちの楽しみのひとつとして本に親しんでもらうためにも、インドネシアでは買えない本を送り続けられたら嬉しいです!
◆日本でも
コロナ禍中において、今まで外で仕事をしていた親が、子どもたちとのおうち時間を飽きさせずに過ごすにはどうすれば良いかと思案してか、最近絵本が見直され売上が伸びているそうです。子どもたちは本に興味がわけば、本当に時間を忘れて夢中になります。本に夢中になる事で、私たちは様々なことを身に付けることが出来ます。
素晴らしい教えや気づきを与えてくれ、楽しみでもあり、人間を豊かに育むツールなのだと思います。
(Hori)

2021.02.23

絵本グループガドガドより近況報告

 《J2netジャパン・絵本グループgado-gadoより近況報告》

三井住友海上火災保険株式会社様から「年一社会貢献活動」を通じて翻訳絵本作成にご支援いただいており、
今回、同社京都自動車営業部様からご協力いただきました。
今までは同社の熱帯雨林再生プロジェクト実施地域付近の学校に直接ご持参、
ご寄贈いただいていましたが、コロナ禍の中、現地に赴くことができないので、
J2ネットを通じた寄付という形がとられました。
10月終わりにお申し込みがあり20名ほどの方がご参加、
予算もお聞きしながら調整いたしました。
こちらから絵本を選んでご購入をお願いし、12月初めに絵本キットをお送りし、
半月で貼り付け完成。
帝人様のブック・ドリーム・プロジェクトでは長年行われていますが、
同社では初めての試みとして、直接インドネシアへ送付いただくことになりました。
できあがった絵本は12月末に先方よりJ2netジャカルタ絵本グループの山﨑くるみさん宅に発送いただき、
1月13日にジャカルタに無事到着しました。
同グループが実施する「くりりん文庫」も「ビビット文庫」も現在コロナで活動休止中のため、
くるみさんのご近所の幼稚園で絵本が欲しいとの声があるとのことで、
ぜひそちらで活用していただこうということになりました。
写真は本をお渡しした際のものです。
絵がきれいで装丁もしっかりしているととても喜んでもらえ、
早速来週から子供たちに紹介してくださるそうです。
2~6歳くらいの子供たちで、もう絵本を読める子供もいるそうです。
今はコロナなので一回5人くらいに絞って文庫を開いているそうです。
とてもうれしいことです。
コロナ禍の中、直接は訪問できないけれど、なにか応援、支援できないか、
という動きが広がっていると感じています。
翻訳絵本作成の協力先、協力していただく方法、でき上った絵本の寄贈先などなど、
今gado-gadoの中でzoomミーティングで活発な話し合いが行われています。

2021.01.07

<ヌルアバディからのお礼と12月の支出報告書>

 J2net ジャカルタ活動報告>

ヌルアバディからのお礼と12月の支出報告書

 

 先月、奨学金として支援を行ったヌルバディからのお礼の手紙が届きました。どうも、毎月ご報告をくださるようです。

 はじめに、堀さんとJ2netの皆様が健康であり、常に神によって保護されることを願っております。

 J2netから受け取った、202012月から20214月まで使用される、教師の給与支払いのための支援の月次レポートをここに送信します。

 使用する資金の詳細は以下のとおりです。

 

J2netからの資金援助Rp.30,000,000

202012月の教師のための支出Rp.6,000,000

次の期間に使用される残りの資金はIDR24,000,000です。

 

これはj2netからの援助資金の使用に関する報告であり、来月に報告します。

皆様のご愛顧、ご厚意、ご支援を賜り、厚く御礼申し上げます。

J2netの皆様のご健勝と、唯一無二の神様のご幸運をお祈り申し上げます。

 

Yayasan Nur Abadhi

会長Sylvia dijumnadidaja

 

2020.12.04

第四弾‼︎ Yayasan Nur Abadiからの報告

 <コロナ禍におけるインドネシアからの報告 2020年9月>

第四弾‼︎ Yayasan Nur Abadiからの報告
(聴覚障害・知的障害を持つ小学生から高校生までの生徒を指導する私設の学校)

学校は未だ休校中。
オンラインで勉強したり工作をしたり、
バーチャルダンスコンペティション?参加もあるみたい⁉︎
時には、先生方が子どもたちを訪ねて訪問授業も行われています。

しかし、元々生徒の多くは貧困層の家庭であり、企業からの奨学金や寄付で賄っていました。
コロナの影響で生徒の家庭によっては、親が失業してずっと払えていない家庭もあり、運営費や先生のお給料を充分に払えずにいる様です。

加えてヌルアバディの費用不足分を補って来た、エプロンなど手作り品の販売がコロナ後品物が作れず、また販売が出来ない状況に陥りその収益もゼロに等しく、
個人の支援者もいたとの事ですが、今はそれも止まっているとの事。

通常でも、授業料だけでは賄えない状態だった運営がさらに厳しくなったと、
J2net へ支援の要請が来ており、現在検討中。

ともかく学校へ来ることが大事と、払えなくてもまた学校へ来られる様にとの、先生方やスタッフの温かい志しが伺えます。

障害を持った子どもたちのコロナ禍での生活は、難しい部分もあり健康が心配です。
子どもたち、先生スタッフの皆さんが健康で、
また学校で楽しく過ごせる日が、一日も早く来る事を願っています❣️

2020.11.05

<コロナ禍におけるインドネシアからの報告 2020年9月> 

 <コロナ禍におけるインドネシアからの報告 2020年9月> 

インドネシアでは9月23日現在
感染者の人数は約285,000人
1日の感染者は約4.500人
死者は1万人を超えている。
9月14日には大規模社会的制限PSBBが再規制され、各種行動規制が再強化された。

第二弾!ヤヤサ アウリアからの報告
(北ジャカルタの貧困地区の住民たちのために、支援を続けて来たヤヤサン。
現在は事務所を閉じているが、元スタッフが個々に任意で関わっている。)

最近、元アウリアのスタッフが支援地区3カ所を訪問したが、住民たちは皆んな元気で大きな問題は起こっていなかった模様。
でも現在は、スタッフたちの近所でも感染者が出ているので、家から出るのが怖い状態との事。
プログラムなどを立ち上げることもできず支援活動もできる状況ではない。
ジャカルタはレッドゾーンに戻り、あちこちで危険な状態となっている。

各家庭では解雇や仕事にならない状況もあり困窮している。
国からは各家庭に、月60万ルピアを3ヶ月に渡り支援する動きはあった。

学校は今年いっぱい休校ではないかと言われており、オンラインに頼っている。
皆自粛を強いられているため、先生やスタッフも動けずにいる。
しかし、アウリアの関わる地域の子どもたちの多くは、パソコンやスマホを持っていない。
本人や親が持っていてもインドネシアはほぼプリペイドで、pulsa(携帯電話の通話用プリペイド)やquota(インターネット接続用プリペイド)を購入しないといけないが、それらを買うお金がない。
地域、学校によってはこれらの購入のための支給される事がある。

何よりも、関係者・子どもたちに感染者が出ている様子は、伺われなかったので一安心。
でも、危険な状態には変わりなく、インドネシアの累計グラフをみると未だ第1期の山が上り続けている。

今後も決して簡単な終息はないと感じます。
アウリアのスタッフが写真を送ってくれました‼︎
いつもなら、走り回る子どもたちや物売りのおばちゃん達。
洗濯をしたりおしゃべりしたり。
愉しげで賑やかな小道が人通りもなく寂しく見えます。

1日も早くJ2net ティムチュリタの人形劇や、
工作隊おにぎりのチームが子どもたちのところへ行けます様に❣️

2020.10.01

ソロ市の新型コロナ時代の障害のある子どもたち

 《J2netジャパンが支援しているソロより》

奨学金支援しているソロ市CBRセンターより、
現在のソロ市民の様子をご連絡いただきました。
お写真にはコメントも掲載していますので、
是非最後の1枚までご覧ください。

PHOTO ANAK-ANAK DISABILITAS DI MASA PANDEMI DI KOTA SOLO

Sejak 13 Maret 2020, Kota Surakarta (Solo) melakukan beberapa tindakan mencegah penularan Covid 19. Tindakan kota Solo antara lain:

2020年3月13日以降、
スラカルタ市(ソロ)はCovid 19の感染を防止するためにいくつかの対策を講じてきました。
ソロ市では、次のような活動が行われています。

1. Semua sekolah mulai dari PAUD, TK, SD, SMP, SMA atau SMK dan University DITUTUP. Proses belajar mengajar dilakukan secara on-line.
1. 乳幼児教育機関、幼稚園、小学校、中学校、高等学校または専門学校および大学まですべての学校は閉鎖されています。 教育と学習のプロセスはオンラインで行われます。

Berikut photo TK dan SLB semuanya TUTUP. Di TK dan SLB ini anak-anak disabilitas penerima beasiswa dari JJNet biasanya yang belajar.
以下の写真は幼稚園と特別支援学校がすべて閉じた状態です。 この幼稚園と特別学校では、JJNetから奨学金を受けている障がいのある子供たちが通常勉強しています。

2. Anak-anak disabilitas penerima beasiswa JJNet belajar secara on-line atau belajar sendiri di rumah dengan dibimbing orang tua mereka.
2. JJNetの奨学金を受給している障がいのある子供たちは、オンラインで勉強するか、両親の指導の下自宅で一人で勉強しています。

Beberapa anak juga belajar ketrampilan hidup di rumah, seperti : membantu orang tua memasak makanan, mencuci pakaian, membersihkan rumah dan lain-lain.
一部の子供たちは、両親が料理するのを手伝ったり、服を洗ったり、家を掃除したりするなど、家庭での生活スキルも学びます。

3. Pemerintah Kota Solo menerapkan “New Normal” Protokol Kesehatan untuk semua masyarakat, yaitu: 1). Harus memakai masker kalau ke luar rumah 2). Pergi ke luar rumah hanya kalau penting saja 3). Menjaga jarak minimal 1 meter dengan orang lain 4). Menghidari kerumunan 5). Sering mencuci tangan memakai sabun, dan lain-lain. Banyak poster di pasang dimana-mana untuk menghimbau masyarakat melakukan “new normal”. Juga petugas dari Pemerintah Kota Solo berkeliling untuk memantau pelaksanakan protocol kesehatan.

3.ソロ市政府は、すべての人々のために「新しい常識(ニューノーマル)」という健康プロトコルを実施しています。それは1) 家から外に出るときはマスクを着用しなければならない。2)重要な用事の場合にのみ外出する。3)他の人から最低1メートル以上の距離を保つ。4) 混雑を避ける。5) 石鹸などで頻繁に手を洗ってください、等です。 多くのポスターが人々に「新しい常識」を実行するよう促すために至る所に貼られました。また、ソロ市政府の職員が健康プロトコルの実施を監視するために巡回しています

2020.09.26

北ジャカルタで読書活動をしている『TBA Cerah』より近況報告

 《北ジャカルタ・TBA Cerah より近況報告》

 J2net ジャパン・絵本翻訳グループが昨年より絵本を届けている、北ジャカルタで読書活動をしている『TBA Cerah』📚

「コロナ禍の中、どの様な活動をしているのか?
子供達の状況はどうなのか?」を尋ねてみました。

 “今は対面式の授業は無く、学校は閉鎖、リモート授業が行われています。
この地域には、親が携帯電話を持っていなかったり、インターネットの為のパケット料金を支払えないなどのために、遠隔学習ができない子供達がいます。
そこで、TBA Cerahは8月24日からFTBM(Forum Taman Baca Masyarakat:読者啓蒙活動を行う組織)より援助を受け、Wi-Fiを無料で提供し、月曜から金曜日にリモート学習のスペースを開設しました。
もちろん学習時にはコロナ感染防止に注意を払っています。
子供達は、勉強道具、教科書を持参、携帯電話も、個人で準備します。
携帯がない子供は、友達と一緒に勉強しています。
J2net の皆さんがまた、来てくださるのを心待ちにしています。”

代表のシャリフさんからお返事と写真、動画が届きました

今は直接会って、絵本を届けることはできませんが、引き続きTBA Cerahの活動を応援したいと思います😊
よろしくお願いいたします❤️

2020.08.29

《J2netで活躍する仕立屋さんPak Dedeをご紹介します!》

《J2netで活躍する仕立屋さんPak Dedeをご紹介します!》

名前 Bapak Dede Suherman

生年月日 1973年10月30日

出身地 スメダン。
インドネシアの西ジャワにある町で、バンドンの北西約46kmにあります。

職歴 縫製工場で輸出用の衣類を作っていました。
その後、独立して裁縫師として働いています。

家族 本人、奥さん、長男(24才)、次男(20才)、長女(16才)、三男(13才)、四男(3才)、次女(7ヶ月)
の8人家族です。

趣味 釣りと、Kicauと言う鳥の飼育です。
鳥はいい声に育てて、声を競ったりするそうです。

将来の抱負 大したことではありません。
ただ子供達の成功を見たいです。 

2017年8月、Dedeさんは、ジャカルタ日本人学校でインドネシア語を教えていたアニ先生に紹介して 頂き、

その直後からJ2netの沢山の商品の製作を依頼しています。

当時、Dedeさんはロックミシンを持っていなかった為、

布の端のかがり縫いを市場にある仕立屋さんに 1枚につきRP10,000で頼んでいました。

でもそこでの作業は機械を熟知しておらず、工場でいろいろな技術を 習得していたDedeさんは、

ロックミシンの調整を変えればもっと満足がいく出来栄えになるのにと思っていたそうです。

長エプロンの製作をDedeさんにお願いすることになった際、ロックミシンの購入資金を融資することにしました。

工賃から一部のお金を返済に当てて、支払いは順調でした。

Dedeさんの奥さんと長女が、Dedeさんから洋裁を習いたいと言うことで、

その後ミシンとボタンを取り付けるのに、布に穴を開ける機械の資金を融資しました。

現在では、奥さんと長女(高校生)が、Dedeさんの仕事を一緒に手伝っているそうです。

 

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