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2016.12.25

国際理解教室 in 富士見中学高等学校

  1028日(金)、富士見中学高等学校で、交際理解教室を行いました。

これは、毎年出展する東京ボランティアセンターの「ふれあい満点市場」に高校生のボランティア活動をコーディネートしているNPO法人VCASのお声かけで実現しました。

VCASはボランティア活動の場や人を広げる活動をしている団体です。

富士見中学高等学校では、紹介された交際理解や障害者理解等々の活動からを生徒が選びます。

J2の活動を選んだのは13人でした。

J2と絵本翻訳グループガドガドからの参加者は、香山、竹村、宮崎、山内、渡邉、小林と堀(ジャカルタから一時帰国中)の7人でした。

参加してくださったガドガドの宮崎さんと香山さんから感想を出していただきました。

  


□「女子中の3年生ってどんな子たちなんだろう」とドキドキして行きましたが、素直で元気いっぱいの女の子たちが待っていてくれました。午前中はJ2の活動説明・インドネシアの子どもたちの生活のビデオ上映と会報発送作業体験、午後は翻訳絵本キット貼り付け作業体験でした。「インドネシアという国の名前を聞いたことはあっても、どこにあるどんな国か知らない・・・」という子がほとんどでしたが、ビデオでインドネシアの子どもたちの貧しい状況を見て、心に響くものがあったようです。絵本キット貼り付け作業も、楽しみながら手早く上手に仕上げてくれました。最後には、「自分たちが当然と思っている日常の暮らしや、良質の絵本が普通にある環境が、国が異なれば当たり前のものでなく特別に恵まれたものだということがわかった」、といった感想が聞かれました。

数時間のイベントで、それほど多くのことは伝えられなかったかもしれませんが、彼女たちがこれまで全く知らなかった国のことや、体験したことのないボランティア活動といったものに触れる時間を持てたことは非常に良いことで、学校がそういう時間を授業として提供するのは素晴らしいことだと思いました。みんな将来の夢も進路の希望も様々でしょうが、それぞれの人生を歩んでいく途中、いった先で、ふと、この日のことを思い出してくれて、それが彼女たちの何かの「きっかけ」になれば、こんなに嬉しいことはありません。「教育」って、つまるところ、「きっかけ」を与えること=「種を蒔くこと」に尽きると思います。種はどんなにたくさん蒔いても、それがいつ、どこで発芽するかわかりません。発芽しないことだって珍しくない。それでも、いつかどこかで一粒でも芽を出し、それが大きな花を咲かせるかもしれないと信じて、種を蒔き続けることが大切なんだと思います。これから無限の将来が広がっている彼女たち。どんな芽を育て、どんな花をい、てを持てたことは日う非常に秋の日に、ゲンキな咲かせていくんだろう、彼女たちを待つ未来が美しいものであってほしいなあ、と眩しい思いで見つめた一日でした。

 


10/28国際理解教室へと向かう電車の中で席を譲られました。譲ってくれた相手を日本人だとばかり思っていましたがその会話は聞き覚えのない言語で、尋ねてみると一人が日本語でタイからの旅行者だと答えてくれました。大きな荷物を携えた子供連れの二組の若いカップルでしたが、そのグループの好感を覚える車内マナーに仏教の国タイならではかと、思いがけず私のプチ国際理解の一幕となりました。

さて会場の富士見中学校に到着してみれば、私にとっては孫世代と言ってもおかしくない生徒の皆さんが相手です。午後からは絵本翻訳キットの貼り付け。一冊を3人一組のグループで作業分担しながら実にてきぱきと、最後のブッカー貼りまで進み、仕上がりました。機敏さ・発想の柔軟さは若さならではと感心しました。

 私の好きなインドネシアの諺を一つ。Di mana ada kemauan, di situ ada jalan.(やりたい気持ちが道をひらく)生徒の皆さんにはこれからもいろんな出逢いを通して自らの道をひらいて欲しいと思いますが、今回がその出逢いの一つであったら嬉しいです。

2016.10.10

グローバルフェスタ参加10年の歩み

  今年もグローバルフェスタの季節になりました。J2 は他の国際協力団体と比べると小さな団体ですが、だれでもできる活動をモットーに細く、長く続けてきました。その一つがグローバルフェスタ参加です。少しずつ参加の形もバージョンアップしています。振り返ってみたいと思います。

 
 初回は2001 年(15 年前です)、まだ「国際協力フェスティバル」だったころJ2 のパンフレットをJANNET(障害者分野NGO 連絡会)のブースに置いていただきました。JANIC(国際協力NGO センター)のブースに置いてもらおうかと会場に向かったところ、旧知の障害者支援団体の人に出会い、そのままJANNET ブースに居座り来場者に両団体の説明対応していました。
 翌年よりJANNET のブースに居候の形でパンフレット配布参加をしました。その後、2008 年度から2010 年度まではJANNET のブースでパンフレットだけでなく、バティック商品の販売もさせていただきました。JANNET はスタッフが少ないこともあり、ブースをお手伝いしながらJ2 の活動です。JANNET はスタッフに交通費の支給があり、寄付金としてJ2 の会計に入れました。メンバーも大学祭の乗りと、多くの人々にインドネシアとJ2 の活動を伝えることに充実感を持つようになってきました。特にバティックは日本人に人気のあるものです。現地での活動写真を示しながらの説明は楽しいものです。この間は10 周年記念イベントやインド洋大津波被災児の手記集出版などがありました。
 初めて独自に出展したのは2011 年度です。テント半分ですが、居候でないブースは展示工夫に力が入りました。会場案内に「ジャカルタ・ジャパン・ネットワーク」の名前が載り、大きな広報となり、JJSやJ2の同窓会的会場になってきました。アンクロン演奏体験も始めました。この年は東日本大震災があり、日テレ24 時間テレビで津波ご縁かJ2 ジャカルタの活動が取り上げられました。堀北真紀さんが絵本の読み聞かせをKDM でしました。「24 時間テレビのJ2 です!」って呼び込みをしてしまいました。
 2年間同じスペースで行いましたが、手狭なのと参加費が安くなったこともあり、2013 年度よりテント一張りになりました。長屋でなく一軒家、
広さが確保でき、絵本の貼り付け体験を始めました。昨年2015 年は活動報告を特設コーナーで行いました。説明だけでなくバリダンスやアンクロン演奏まであります。今年も行います!是非みなさん、ご参加ください。一時帰国の方も覗いてみ
てください。楽しいですよ!!
 

2016.08.04

JICA 地球ひろば設立10周年感謝祭

 5月28日に「JICA地球ひろば」の10周年感謝祭があり、参加してきました。内容はグローバルフェスタと同じ、活動紹介、絵本の貼り付け、フェアトレード商品の販売でした。JICAからのせっかくのお誘いで、この時期に他のプログラムがなかったこともあり参加しました。

JICA地球ひろば」は、2006年に広尾JICAに設けられました。200612月にアチェでインド洋大津波がありました。2009年にアートディレクターの水谷孝次さん(北京オリンピック開会式で子どもの笑顔がプリントされている傘を一斉に開くパフォーマンスを行った方)が、アチェで被災した船(津波パーク)で現地の子どもたちの笑顔の傘で飾ったMerry projectの報告会が「JICA地球ひろば」でありました。J2のメンバーもたくさん参加しました。その頃「地球ひろば」は登録団体を積極的に募集されていて、報告会会場で熱心にお声をかけていただき登録をしました。

 

JICA東京も同じ建物にあり、今は子ども支援チェルクの代表になられた松本さんと2010年ころ何回か訪れて、社会啓発のいろいろな展示やカフェ、フェアトレードグッズの販売を横目で見ていました。松本さんは、J2のいくつかのプログラムで、子どもの発達に関するセミナーの講師や支援者指導を担当して下さっていました。現在は専門的にインドネシアの子ども支援を目指されて、専門家だけの団体を作られて活動をされています。当時は、絵本の普及のプログラムの事業相談で行きました。登録団体は会議室を使うことができるのですが、他の国際協力関係知り合い団体が使っているを見て、私たちも使おうかなと考えていました。

JICAは建物があちらこちらにあります。本部は麹町、JICA東京は幡ヶ谷です。以前は広尾や新宿にもありました。現在は東京では3か所です。「地球ひろば」のある国際会議場は市ヶ谷、自衛隊の裏ですごい坂道を上って降りたところ、交通が不便なため、つい使わずに来てしまいました。登録だけはしています。

2014年度にJICA基金で助成金をいただきました。ソロでの奨学金と障害児のリハビリに関してです。そのこともあり、「地球ひろば10周年感謝祭」参加のお誘いがいくつかのルートからやってきました。何回もメールがあり、それならと参加した次第です。グローバルフェスタと同じ形でしたが、建物の中で小規模で、土曜日の人通りも少ないところで「はたしてお客は来るのだろうか?」と思いながら参加しました。参加団体はアフリカ系が多く、初めてお会いする団体さんが多かったです。ただ、行っていることはよく似ていて、展示の仕方や展示品など大変参考になりました。右の写真は、エプロン展示に利用した「地球ひろば」モニュメントの前で完成絵本をもって記念撮影です。お天気にも恵まれ、そこそこお客さんもあり、ゆっくりと売り方などを考えることができました。JICA関係者もたくさんブースを訪ねてくださり参加してよかったと感じました。

 

2016.05.18

ブンクルの日本語学校 WASABI 訪問

 2015年10月号で紹介されていた佐藤紀さんと同じ日本語パートナーズの1期の一人として一昨年10月より9か月間ジャカルタに派遣されておりました山内加寿子です。2期の佐藤さんとのご縁でJ2netに入れていただきました。

 2月にジャカルタに行きの機会を得て、今回少し足を延ばしてスマトラのブンクルにあるWASABIという日本語学校を訪れました。昨年できたばかりの学校です。こちらの先生との出会いは、ジャカルタのKINOKUNIYA書店でした。多くの日本語教材を購入している青年に声をかけると、流ちょうな日本語で日本語学校を始めるとのお話、是非機会があったら訪ねたいと名刺交換をしたことが今回の訪問のきっかけでした。

 

 学校では、小学生から社会人までの20名ほどの生徒が勉強していました。1回2時間授業で3か月24回の授業料は5000円程度でした。お金を払って勉強したいという彼らのモチベーションはとても高く、二度開いたワークショップでは委員会を結成、大活躍してくれました。ワークショップの中で私は、桜の木について紹介し、日本の四季についてお話して、最後に切り紙の桜をみんなでたくさん作って、壁に桜を咲かせました。また書道も体験してもらいました。委員会のみんなは、ほうき、東京タワーのあやとり、けん玉、かるた、漫画のセリフをひらがなで書いてみるなどのコーナーを作り、参加者の皆さんに楽しんでもらっていました。生徒たちは前日からけん玉、あやとりの猛練習。日本に対する興味、関心の高さを感じました。後日、先生からワークショップ後に生徒たちの学習意欲が大いに高まりましたとメールがあり、大変嬉しく思いました。また、集まってくれた高校生、大学生、子供たち、その親御さん、皆さんにも、少しでも日本のことが伝わり、日本を好きになってくれたらと思うばかりです。

 

2016.02.05

インドネシア熱帯林再生スタディーツアー報告

 以前から J2netの活動に賛同して下さり、昨年は助成金をいただいた三井住友海上火災保険株式会社様から、「会社の CSR 活動として行っているインドネシア・パリヤン野生動物保護林の森林修復と再生の取り組みを見学するスタディーツアーを開催しますので、いらっしゃいませんか」とお誘いいただき、昨年 11 月、『インドネシア熱帯林再生体験・地元小学生との交流ツアー』 に参加してきました。

...

 パリヤン野生動物保護林は、地元の農民たちが家畜のえさにしたり、自らの農地とするために見境なく木を伐採し続けた結果、荒廃地となっていた森林を、三井住友海上が修復と再生に継続的に取り組み、 その結果 10 年間で 350ha に 30 万本の樹木が定着し、本来の生態系の再生も確認されてきて、「 これこそ森林修復の見本!」という評価を受けているそうです。スタディーツアーのパンフレットに掲載されていた、森林の再生の様子を示した写真があまりに素晴らしくて、ぜひこの目で実際を見てみたいと出 かけていきました。

 ツアーの最初のプログラムは、熱帯林再生活動に直接携わっている方達からの活動報告会。ジョグジャカルタから車で 1 時間半余り走った、保護林の中の風通しのよいセミナーハウスで実施されました。机 の上には、いかにもインドネシアのセミナーにおける『おもてなし』らしいシンコンやバナナ、落花生 を茹でたものが用意されていて、日本では滅多に食べることができないドリアン、マンゴスチンなどの フルーツ、懐かしいナシコタック(紙箱に入ったお弁当)などもいただきながらの和やかな会でした。

 紙使用量が多い保険業にとって、紙資源の森林を増やしていくことは使命だと考えプロジェクトをスタートさせたという三井住友海上さんから、最初にプロジェクトの概要について説明があったのち、今回 のプロジェクトをサポートしてきた住友林業さん、そして現地で農民の指導に携わってきたインドネシア林業省の方、森林再生の状況を定期的に調査確認し報告しているガジャマダ大学の先生方、実際に植林事業に携わっている現地農業組合の方々から、実際にどのような活動を行ってきたかを、通訳の方を 通して日本語で、詳しくお話を伺いました。

 

 中でも一番印象に残っているのは、インドネシア林業省 No2のアニーさんのお話でした。アニーさんは千葉大学を卒業され、博士号も取得されている方です。今回のプロジェクトでは、森林破壊の元凶であった地元の農民を植林活動のために雇用するとともに、彼らの生活向上の為に、農業指導 を行なってきました。農民達に新しい農業のやり方と共に、常に考え、工夫し、記録を残しておく事を教え、それによって彼らの収入をそれまでの 10 倍以上に伸ばしてきたそうです。 その話を聞いた時、胸が震えました。ジャカルタに住んでいた頃、 小学校を訪問すると、1 年生はたくさんいるけど、読み書きさえできれば十分だと、家の手伝いをさせる為に辞めさせる親も多く、 6 年生は半分ほどになっているという事がよくありました。でも 学ぶ事の大切さを理解した親達は、きっと子ども達の教育にも力を入れてくれる事でしょう。今回のプロジェクトはそんなふうに、 農民たちだけでなく、その子どもたちの輝く未来も育てているのだととてもうれしくなりました。

 そのあと、農民の皆さんから直接、唐辛子栽培のレクチャーを受けました。唐辛子はプロジェクトが換金作物として農民たちに奨励したものだそうです。自分たちが学び、実行しているさまざま な工夫を、誇らしげに語っているその姿に、自分たちで考えて行動する自立した人間としてのたくましさを感じました。

 

実際に植林活動にも参加させていただきました。生物多様性に配 慮し、ローカル樹種である チーク、マホガニー、フランボヤン等の様々な苗木を、参加者全員で 200 本近く植樹しました。私たちが植樹した木々が、たく さんの動物、鳥や昆虫が集まる、多様な森に育っていきますよう に!との願いを込めて。

 翌日は再生した森の中のトレッキングと、地元の小学校訪問。 少し小高い丘の上には、10 年前の木がほとんどない時の写真が 掲示されていて、それと眼の前に広がる風景を見比べることで、 森林が再生している様子を実感することができました。インドネシアでも最近、環境教育が盛んになってきているとのことで、で きるだけたくさんの人達にパリヤンの森の再生事業について知 ってもらいたいと、トレッキングコースの整備を進めているそう です。

 掃除が行き届いてきれいな小学校では、子どもたちが鼓笛隊で迎 えてくれました。このあたりでも特に芸術教育に力を入れている 学校として、近隣から注目を集めてきているとのことで、日ごろの成果を発揮した発表では、子ども達 の生き生きした楽しげな様子が印象的でした。森林再生プロジェクトの一環として、地域の学校への寄 付も行っていたこともあり、スタディーツアーが始まった昨年から、参加者達が小学校を訪問し、子ど もたちとの交流を行うようになったそうです。今回も、竹とんぼ、あやとりをはじめ、大縄、シャボン玉、折り紙など、参加者が思い思いに準備した遊びを、子ども達と一緒に楽しみました。

 金額的な援助に加えて、実際に学校 を訪問して直接子ども達と交流し、 彼らのことを気にしているんだということを伝えるのはとても良い ことですね。校長先生のお話からは、 自分たちが外国人から注目されて いる特別な存在なのだと感じるこ とで、その期待に応えようとがんば って、学校全体が良い方向に向かっ ていき、それが周りの学校にも刺激 となり、地域全体が底上げされてい くという、プラスのスパイラルが広がっている様子が見て取れました。

 スタディーツアーとは一体どんなものなんだ ろうと、興味津々で参加した今回のツアーでしたが、森林修復の取り組みについての報告会あり、植林や農業体験あり、小学校訪問ありと、 盛りだくさんでかなりハードなスケジュールでしたが、その分満足感も非常に高いものでし た。何年かのち、自分が植えた木が根付いて大きく成長している様子を見に、また訪れたいと強く思っています。(日本側 山本)

2015.12.27

第三回アジア・太平洋CBR会議出席と大都会東京観光

 普段私はホテルに滞在しますが、201591日~3日に開催された、第三回アジア太平洋CBR会議に出席することにあたり、親しい小林良子さんのお宅に滞在いたしました。東京に滞在した期間、CBR会議についてだけではなく、それ以外にもたくさんの魅力的な体験をしました。

 会議では障がい者の問題をCBRと太平洋地区各国の仲間で議論、経験の共有をします。会議以外の経験もとても魅力的で、この文章では書き表すことはできないでしょう。

 私は2015831日(月)の夜更けに羽田空港に到着しました、それにも関わらず小林さんは私を空港に迎えに来てくださり、待っていてくださいました。私たちは空港から小林さんのお宅までの道のりを電車で移動しました。朝(夜中)の0:15だというのに、電車にはたくさんの仕事帰りの人がいることに私は大変驚きました。これが眠ることのない大都会東京なのです。人々は朝帰宅するほど忙しいのでしょう。

 毎日、私は小林さんのお宅からCBR会議が開催されている京王プラザホテルへ出かけます。葛西駅から新宿駅まで。小林さんのお宅から最寄りの葛西駅まで徒歩、そこで電車に乗り新宿行きの電車へ乗り換え、また歩く・・・の連続です。東京の地下鉄に乗るのは難しい事だと思います。しかし、小林さんはどのように葛西駅から新宿駅まで乗車するのか、私にとても親切に教えてくださいました。それだけではなく、彼女は東京のバスと電車がリンクしているICカードを購入してくださいました。なので、私は毎回乗車する際には、駅の改札口にカードをタッチするだOKなのです。これは私の負担を軽減してくれ、満足させてくれました。小林さんに敬意と感謝の気持ちを伝えたいと思います。

 会議の二日目のある日、小林さんがお仕事で私の同行することができず、私一人で会議場まで電車に乗らなければなりませんでした。当然私はもし東京の複雑な地下鉄で迷子になったら?と心配でしたが、私は一人でも勇気を持たなければなりませんし、東京の地下鉄を利用した経験があります。朝7:30に葛西駅を出発、その時間は乗客はとても多く、乗客は立って混雑で押し合いへし合いしています。しかし、全員規律正しく乗車し、押し合いながらも声も出さず、ただ電車の音とアナウンスの声が聞こえるだけです。これが私の観察した東京の混雑した車両内の様子です。朝どころか夕方も読書する人、眠そうな人、考え事をしている人、友達とささやき合う人、携帯をチェックしている人など・・・。九段下駅に到着したら、私は新宿方向の電車に乗り換えなければなりません。それから新宿行きの電車に乗車します。新宿駅に到着したら徒歩で京王プラザホテルに向かいます。私はただ早く歩く、まるで小走りしているような人々の流れについて行き、ワシントンホテルに来てしまいました。私は京王プラザホテルへの道を教えてもらうために人に尋ねまた。

 会議場に到着するやいなや私は考え込みました。なぜ東京の多くの人は電車に乗り、ひしめいているのだろうか。彼らは車を購入することもできるし、自分の車に乗った方がより心地よく快適だというのに。ジャカルタと比べてみると、あのように道が混雑するまでに人々は自分の車に乗りたがる。東京の道路はジャカルタほど車で埋め尽くされているわけではないし、それどころか小林さんの家の周りの道は空いています。しかし、多くの人は車を使わず、歩く又は自転車に乗り、人でひしめいている混雑した電車に乗り、一台の電車に取締役、上司、従業員、会社員、スタッフ、または一般の人まで同様にひしめき合っています。それはとても良いことです。東京の人々に敬意を表したいと思います。私も東京にいる期間、たくさん歩き電車に乗りましたが、それは健康により良いし、私のお腹も引っ込みました。より健康で痩せるためにたくさん歩くことになった東京の電車よ、ありがとう。

 CBR会議の予定が終わったあと、小林さんは新宿の高層ビルの町並みへ散歩に誘ってくれました。多くの売春、ギャング、ヤクザの集団がいるような危険な場所に行きました。そこは、日中は問題はないが夜には危険に脅かされます。しかし注意深く見ると、新宿の輝くような豪華なビル群の間に、幾人かのホームレスがいました。彼らはビルの街角でボール紙の上に寝ています。私と小林さんはホームレスの問題を処理する新宿の支援施設を訪問しました。彼らはホームレスの世話やその他色々のことについて話してくれました。仕事の相談、仕事の面接のためのスーツや靴を与える、風呂の世話や、洗濯などです。彼らも定期的に新宿のホームレスを訪問しています。

 金曜日は会議が終わった私のフリーな日です。私と小林さんはJ2netのミーティングに参加しました。私はJ2netのメンバーはプロではないのにとても感銘を受けました。彼女たちは普通の主婦ですが、他の人やインドネシアの子供達を助けることに、大変大きな心と熱意を持っています。ミーティングは自発的に経験を分かち合い、一緒に責務を分け合います。私は彼女たちが負担ではなく、任務と捉え、しかも喜んで任務を遂行しているように見えました。

 私たちはミーティングを終え、日本食レストランで食事をしました。料理はとても美味しく、値段も高くありません。料理の名前は忘れてしまいました。J2netのモチベーション、献身、インドネシアの子どもたちを含む他人を助けたいという気持ちに敬意を表します。

  小林さんは、お土産を買うために私を上野へ誘ってくれました。ここはソロやジャカルタのマンガドゥアのような伝統的な市場のような方法で土産物や食べ物を売っています。たくさんの旅行客がここを訪れています。私は必要なだけの日本の名物の食べ物やTシャツ、お土産を買ったあと、続いて浅草寺を訪れました。

 浅草寺ではたくさんの旅行客が訪れ、たくさんのお土産が売られています。小林さんは私のおみくじを買うために100円払いました。私はおみくじという小さな巻物がたくさん入っている箱を受け取りました。私はその箱をごちゃごちゃにかき混ぜ、その中の一つの巻物を取り出しました。その紙には私自身への占い(予言)が述べられていました。そしてその占いは私にとってとても良いものでした。その紙の内容は、王様/皇帝が私を招待するためにひとりの代表者を派遣するだろう・・・私の望んでいる人はすぐに来るだろう・・・・努力しなさい、より精進すれば成功を収めることができるでしょう・・・幸福はいつも私についていくでしょう。どうぞこのおみくじに書かれていることが実現しますように、私は再び浅草寺をお参りすることを約束します。

  土曜日の朝、私の日本への訪問の行程は全て終了し、インドネシアに帰国しなければなりません。たくさんの思い出、経験、わたしにとって大変有益な研究、困難は東京での一週間私は忘れることができました。ありがとう東京、J2netの仲間、大都会東京での生活をたくさん教えてくれた小林さんご夫妻、私たちはきっと再会しましょう。さようなら、いつかまた会いましょう。(訳:澤田恵子) 

2015.10.20

インドネシアの高校に派遣されて

 今年1月から約5か月間、国際交流基金の“日本語バートナーズ”としてインドネシアに派遣されていました。今回はその活動についてご紹介します。
2013年12月、日本政府は新しいアジア文化交流政策「文化のWA(和・環・輪)プロジェクト~知り合うアジア」の実施を表明しました。これにより、文化芸術分野での双方向交流と日本語教育支援を二本柱とする、さまざまな文化交流事業が国際交流基金で実施されることになりました。“日本語パートナーズ”はその日本語教育支援策のひとつで、2020年まで継続される事業です。その役割は、ASEAN諸国の中学・高校などで日本語授業のアシスタントや文化紹介活動を通して、日本語教育を支援することです。私にとっては、現地の高校で日本語の授業に関われる、インドネシア人たちの生活が体験できるという点が何より魅力でした。
派遣されたのは「SMAN77」という公立の普通高校でした。地元での評判もよく、先生...
方も、生徒たちも自分たちの学校に誇りをもっている、そんな空気が流れていました。私が関わったのは1・2年生の日本語の授業と、週1,2回行われるクラブ活動で、日本語学習のお手伝いのほか、さまざまな文化紹介活動も行ないました。伝統文化の「折り紙、茶道、書道、浴衣」をはじめ、「節分、ひな祭り、七夕」などの季節の行事や、「おにぎり、カレー、たこ焼き」といった食べ物を取りあげることもありました。どんな文化紹介をするかは毎回悩むところでしたが、いずれも生徒はもちろんのこと、教職員の方々にも満面の笑みで喜んでいただけました。こんなことで、そんなに喜んでいただけるなんて、とかえってこちらが恐縮してしまうほど。そして、私の方が日本の素晴らしさに気づかされることもしばしばありました。
こうした、またとない貴重な体験ができたのも、たくさんの素敵な方々と出会えたのも、大勢の方の励ましと支えがあったからだと今改めて感謝の思いでいっぱいです。帰国して、あっという間に3か月が経とうとしていますが、これからもインドネシアとの絆を大切にしていきたいと考えています。

2015.08.12

日本で堪能!マンクヌガラン王宮のガムランと舞踊

  ガムラングループ・ランバンサリの結成30周年記念特別公演が、6月13,14日に日暮里であり参加しました。遠い日本(外国)で日本(外国)人が、他国の文化を演奏し踊るのは、少々「なんだかなぁ」と感じていましたが、いやいや実際はとても充実した内容で、とても感動的でした。J2ネットを運営していますので、踊りも演奏も接する機会はたびたびありましたが、元来芸術に疎く、それほど食指が動くほうではありませんでした。それがこんなに感動するなんて!また見に行こうと、J2の皆さんをお誘いしているくらいです。

 私は1998年から2001年までジャカルタに滞在しました。その頃はジャパンクラブに婦人部というのがあり、婦人部に福祉部があり、その福祉部がジャカルタ・ジャパン・ネットワーク(J2ネット)の母体です。その頃のジャカルタは、スハルト政権からの移行期で、いろんなことがありましたが、ジャカルタのあちらこちらの孤児院や福祉施設を訪問していました。その頃、孤児院にご一緒したことのある婦人部副部長をされていた根津さんが、今回の...公演をご紹介くださいました。根津さんのお嬢さんが踊られるからです。根津さんのお嬢さんは2002年から2004年までソロに踊りを学ぶために留学され、その後もジャワ舞踊を続けておられます。

 2004年、J2ネットはソロ奨学金をスタートしました。贈呈式に日本から行けず、お嬢さんに代役をお願いしました。説明もそこそこに、J2の代表として現地の人に対して贈呈式をしていただくのですから、なかなか無茶なお願いをしました。また、お母さんからはご寄付をいただきました。そんなこんなで、根津さんへは、ニュースを毎月お送りする関係を続けさせていただいていました。

 さて、肝心の公演の話ですが、ランバンサリは、東京芸術大学の学生サークルが母体となってできたグループです。メンバーのほとんどの方が大学等で教鞭を取っておられます。踊り手の皆さんも同じです。特別ゲストは、マンクヌガラン王宮でガムランを指導されているハルトノさんとウミヤティさん、王宮舞踏家のダルヨノさん。演奏は、弦楽器のルバブの緩い音で始まりましたが、歌い手の張りのある声の響きに驚きました。踊りが主体の出し物だったのですが、決して派手でない抑えた動きのジャワ舞踊が繰り広げられ、思わずひきつけられました。特に嬉しかったのは70頁のパンフレット。踊りの説明、楽器の説明、そしてメンバーの皆さんが引きつけられてやまないガムランやジャワ舞踏の奥の深さが満載で、満足の行く読み物となっていました。

 奥の深いインドネシア文化を楽しみました。

2015.06.28

2015年度の総会を行いました

日本側の活動計画・予算を決めました。本年度もよろしくお願いします。

 連休の中間、51日(金)に総会を行いました。時間は午前10時半より12時半、会場は飯田橋にある東京ボランティアセンターのフリースペースです。土日はめっちゃ混雑するセンターですが、平日は空いています。平日だとお勤めの方は参加が難しいのですが、申し訳ないですが、毎年、平日に行っています。

 

1.     2014年度活動報告

   ソロCBRセンターで奨学金とCBR方式で地域の障害児支援を、JICA基金の助成金で行いました読書および幼児教育普及プロジェクトは、ひろしま祈りの石の助成金で行いました。今後は、カウンターパートのバリ・ムンタリファジャールが助成金を受けて活動します。また絵本活動には帝人株式会社が協働してくださっていますし、MS&MDゆにぞんスマイルクラブのご寄付をいただきました。このように、絵本の翻訳、お料理教室、秋のグローバルフェスタ参加も定着しました

 2.     2015年度事業計画

   ソロCBRセンターで奨学金とCBR方式で地域の障害児支援は、2014年度に引き続き行います。いろいろなご支援を基に、読書普及活動を「図書館メンテナンス・充実プログラム」として、移動三輪図書館を増やすことになりました。この事業は、図書館バイクを作ればいいだけではなく、運営者が必要です。ジョグジャカルタの孤児院、図書室用の本や砂場をプレゼントした幼稚園等に打診することになりました。

  

 写真は、プンチャックで活動する三輪移動図書館と集まる子ども達です。車は、ジャカルタの企業から助成していただきました。私たちは中身の本を寄贈しました。インドネシアの子ども達にも、読書の機会を広げて行きたいです。

 今年のグローバルフェスタではワークショップを行い、絵本活動を中心に私たちの活動を紹介していきます。

2015.04.20

4年ぶり!インドネシア訪問報告

 2月3日から10日まで、なんと4年ぶりにインドネシアに行ってきました。

 東日本大震災があった年の2月(津波の直前ですね)に、ジョグジャカルタのブル小学校に、ひろしま・祈りの石国際教育交流財団の支援で作った図書室の完成確認のために訪問しました。子どもたちと折り紙で遊び図書室の様子を見て帰国した、半月後に東北の震災がありました。その後は、陸前高田を中心とした支援活動に入り、J2の皆さんにはたくさんのご協力をいただきました。ジャカルタでも募金活動を行い、プレハブの集会所を「和みホール‐Hati ke hati」として障害のある人の施設に寄贈しました。ひろしま・祈りの石国際教育交流財団の事業の講師、松本先生は、陸前高田でも積極的に障害のある子らの支援にかかわってくださり、両方のプログラムで、大きな力を出してくださっています。

 今回は、世界の人々のためのJICA基金から、奨学金と家庭を基盤とした障害のある子のリハビリ支援のプログラムにご支援をいただき、その進捗状況の確認と打ち合わせのためにソロに行きました。他に、ジャカルタで三輪移動図書館、幼稚園の図書室つくり(この2点は、10周年イベントの収益金事業です)の確認をしました。おりしもインドネシアは雨期、2月は洪水の時期です。三輪移動図書館の活動地のちょい先(プンチャックの先です)で土砂崩れがあったとのことで、J2ジャカルタの支援物資お届けにも同行しました。とても盛りだくさんでした。ソロでは、松本先生が中心に動かしてくださっている、現在進行中のひろしま・祈りの石国際教育交流財団のプログラムの現場も見てきました。

 ソロでは、CBRセンターで打ち合わせをし、ソロ奨学金の子どもの家と、幼児健診の会場でリハビリの必要な子どもたちやお母さんたちと話をしました。貧困のために専門施設でリハビリを受けることができない子どもたちに、幼児健診を主催する婦人会のボランティアとお母さんたちがリハビリ療法をするために研修をするというのがプログラムの内容です。今年の8月までの事業です。

 ひろしま祈りの石のプログラムや10周年イベント収益金で絵本と本箱を寄贈した幼稚園は、読書活動に積極的で、学級文庫のように園児がお部屋で読めるようになっています。インドネシアの書店でそろえた本だけでなく、私たちの翻訳グループの作った本もたくさん並んでいました。

 ジャカルタはおしゃれなカフェが増えましたが、田舎の道はがたがたでした。ソロはローカルなホテルが増えましたが、全体の雰囲気はあまり変わっていませんでした。

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