日本ニュース

2015.12.27

第三回アジア・太平洋CBR会議出席と大都会東京観光

 普段私はホテルに滞在しますが、201591日~3日に開催された、第三回アジア太平洋CBR会議に出席することにあたり、親しい小林良子さんのお宅に滞在いたしました。東京に滞在した期間、CBR会議についてだけではなく、それ以外にもたくさんの魅力的な体験をしました。

 会議では障がい者の問題をCBRと太平洋地区各国の仲間で議論、経験の共有をします。会議以外の経験もとても魅力的で、この文章では書き表すことはできないでしょう。

 私は2015831日(月)の夜更けに羽田空港に到着しました、それにも関わらず小林さんは私を空港に迎えに来てくださり、待っていてくださいました。私たちは空港から小林さんのお宅までの道のりを電車で移動しました。朝(夜中)の0:15だというのに、電車にはたくさんの仕事帰りの人がいることに私は大変驚きました。これが眠ることのない大都会東京なのです。人々は朝帰宅するほど忙しいのでしょう。

 毎日、私は小林さんのお宅からCBR会議が開催されている京王プラザホテルへ出かけます。葛西駅から新宿駅まで。小林さんのお宅から最寄りの葛西駅まで徒歩、そこで電車に乗り新宿行きの電車へ乗り換え、また歩く・・・の連続です。東京の地下鉄に乗るのは難しい事だと思います。しかし、小林さんはどのように葛西駅から新宿駅まで乗車するのか、私にとても親切に教えてくださいました。それだけではなく、彼女は東京のバスと電車がリンクしているICカードを購入してくださいました。なので、私は毎回乗車する際には、駅の改札口にカードをタッチするだOKなのです。これは私の負担を軽減してくれ、満足させてくれました。小林さんに敬意と感謝の気持ちを伝えたいと思います。

 会議の二日目のある日、小林さんがお仕事で私の同行することができず、私一人で会議場まで電車に乗らなければなりませんでした。当然私はもし東京の複雑な地下鉄で迷子になったら?と心配でしたが、私は一人でも勇気を持たなければなりませんし、東京の地下鉄を利用した経験があります。朝7:30に葛西駅を出発、その時間は乗客はとても多く、乗客は立って混雑で押し合いへし合いしています。しかし、全員規律正しく乗車し、押し合いながらも声も出さず、ただ電車の音とアナウンスの声が聞こえるだけです。これが私の観察した東京の混雑した車両内の様子です。朝どころか夕方も読書する人、眠そうな人、考え事をしている人、友達とささやき合う人、携帯をチェックしている人など・・・。九段下駅に到着したら、私は新宿方向の電車に乗り換えなければなりません。それから新宿行きの電車に乗車します。新宿駅に到着したら徒歩で京王プラザホテルに向かいます。私はただ早く歩く、まるで小走りしているような人々の流れについて行き、ワシントンホテルに来てしまいました。私は京王プラザホテルへの道を教えてもらうために人に尋ねまた。

 会議場に到着するやいなや私は考え込みました。なぜ東京の多くの人は電車に乗り、ひしめいているのだろうか。彼らは車を購入することもできるし、自分の車に乗った方がより心地よく快適だというのに。ジャカルタと比べてみると、あのように道が混雑するまでに人々は自分の車に乗りたがる。東京の道路はジャカルタほど車で埋め尽くされているわけではないし、それどころか小林さんの家の周りの道は空いています。しかし、多くの人は車を使わず、歩く又は自転車に乗り、人でひしめいている混雑した電車に乗り、一台の電車に取締役、上司、従業員、会社員、スタッフ、または一般の人まで同様にひしめき合っています。それはとても良いことです。東京の人々に敬意を表したいと思います。私も東京にいる期間、たくさん歩き電車に乗りましたが、それは健康により良いし、私のお腹も引っ込みました。より健康で痩せるためにたくさん歩くことになった東京の電車よ、ありがとう。

 CBR会議の予定が終わったあと、小林さんは新宿の高層ビルの町並みへ散歩に誘ってくれました。多くの売春、ギャング、ヤクザの集団がいるような危険な場所に行きました。そこは、日中は問題はないが夜には危険に脅かされます。しかし注意深く見ると、新宿の輝くような豪華なビル群の間に、幾人かのホームレスがいました。彼らはビルの街角でボール紙の上に寝ています。私と小林さんはホームレスの問題を処理する新宿の支援施設を訪問しました。彼らはホームレスの世話やその他色々のことについて話してくれました。仕事の相談、仕事の面接のためのスーツや靴を与える、風呂の世話や、洗濯などです。彼らも定期的に新宿のホームレスを訪問しています。

 金曜日は会議が終わった私のフリーな日です。私と小林さんはJ2netのミーティングに参加しました。私はJ2netのメンバーはプロではないのにとても感銘を受けました。彼女たちは普通の主婦ですが、他の人やインドネシアの子供達を助けることに、大変大きな心と熱意を持っています。ミーティングは自発的に経験を分かち合い、一緒に責務を分け合います。私は彼女たちが負担ではなく、任務と捉え、しかも喜んで任務を遂行しているように見えました。

 私たちはミーティングを終え、日本食レストランで食事をしました。料理はとても美味しく、値段も高くありません。料理の名前は忘れてしまいました。J2netのモチベーション、献身、インドネシアの子どもたちを含む他人を助けたいという気持ちに敬意を表します。

  小林さんは、お土産を買うために私を上野へ誘ってくれました。ここはソロやジャカルタのマンガドゥアのような伝統的な市場のような方法で土産物や食べ物を売っています。たくさんの旅行客がここを訪れています。私は必要なだけの日本の名物の食べ物やTシャツ、お土産を買ったあと、続いて浅草寺を訪れました。

 浅草寺ではたくさんの旅行客が訪れ、たくさんのお土産が売られています。小林さんは私のおみくじを買うために100円払いました。私はおみくじという小さな巻物がたくさん入っている箱を受け取りました。私はその箱をごちゃごちゃにかき混ぜ、その中の一つの巻物を取り出しました。その紙には私自身への占い(予言)が述べられていました。そしてその占いは私にとってとても良いものでした。その紙の内容は、王様/皇帝が私を招待するためにひとりの代表者を派遣するだろう・・・私の望んでいる人はすぐに来るだろう・・・・努力しなさい、より精進すれば成功を収めることができるでしょう・・・幸福はいつも私についていくでしょう。どうぞこのおみくじに書かれていることが実現しますように、私は再び浅草寺をお参りすることを約束します。

  土曜日の朝、私の日本への訪問の行程は全て終了し、インドネシアに帰国しなければなりません。たくさんの思い出、経験、わたしにとって大変有益な研究、困難は東京での一週間私は忘れることができました。ありがとう東京、J2netの仲間、大都会東京での生活をたくさん教えてくれた小林さんご夫妻、私たちはきっと再会しましょう。さようなら、いつかまた会いましょう。(訳:澤田恵子) 

コメント

コメントフォーム

カレンダー

«12月»
  1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31   

フィード

検索

ページの先頭へ